hollyの音楽室

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はちみつぱい「塀の上で」1973

『センチメンタル通り』がある限り日本の音楽は大丈夫 by 矢野顕子

ロック名曲ぶったぎり、日本人初登場は日本語ロックの金字塔 ”はちみつぱい”をお送りします。

日本語ロックの先駆者、”はちみつぱい”は元々はあがた森魚のバックバンドだった"あがた精神病院"がスタート。その後、1971年から”はちみつぱい”を名乗り、あがたとは独立した活動を始めます。(バンド名はあがた森魚がビートルズのハニーパイから引用したもの)

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鈴木慶一、渡辺勝、本田信介の3人のオリジナルメンバーに、ベースの和田博巳、ヴァイオリンの武川雅寛、ドラムのかしぶち哲郎が加入。渡辺勝の脱退と入れ替わりにペダルスティールの駒沢裕城が加入。そして73年にはキーボードの岡田徹が参加。

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ヴァイオリンとペダルスティールを擁したバンド形態でザ・バンドやグレイトフル・デッドに強く影響を受けたスタイルは日本でも独自なものでした。そして鈴木慶一による完全日本語のロックは当時としては非常に先駆的な存在でした。

73年11月に名盤『センチメンタル通り』をリリースするも74年11月に解散。最終日のライブでの最後の曲は「塀の上で」。鈴木慶一のライブでの最後の言葉は「さよならロックンロール少年、ロックンロール少女」でした。

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その後、はちみつぱいのメンバーから鈴木慶一、武川雅寛、かしぶち哲郎、岡田徹、椎名和夫(74年加入)があの "Moonriders" となるのです。(椎名和夫は脱退し、白井良明が入り現在に至る)

88年に1日限りの再結成ライブを決行。この日も最後に名曲「塀の上で」を演奏し、鈴木慶一は最後に「さよならロックンロールおじさん、ロックンロールおばさん」の言葉を残し、この日を最後にはちみつぱいは完全に解散。

いま聴いても「塀の上で」は色褪せない名曲です。





2000年には "大貫妙子・奥田民生・鈴木慶一・宮沢和史・矢野顕子" として「Beautiful Beautiful Songs」という糸井重里の詞に5人それぞれが曲をつけるというプロジェクトでライブを敢行。そのライブでこの「塀の上で」が取り上げられています。(武川雅寛もヴァイオリンで参加)



3:33~の大貫妙子+矢野顕子パートは鳥肌もの!



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テーマ:ロック - ジャンル:音楽

  1. 2010/06/29(火) 00:35:28|
  2. ロック名曲ぶったぎり
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